鉄人28号と復興

今日はJR六甲道、地震の翌日はJR新長田駅の周辺に、いってきました。
たまたま、ですが。

JR新長田駅周辺といえば、16年前の阪神淡路大震災で、2次災害の火事の被害が大きかった地域。
JR六甲道駅周辺は、駅の高架がくずれたり周辺の家も軒並み全壊だった地域。

いまはすっかり再開発されて、高層マンションやショッピングモールが立ち並ぶ、ニュータウンみたいになってます。

ちなみに、地震後に7年ほど住んでた阪急西宮北口駅周辺も、同じく。

でもこれ、地震からそうとう長い年月をへて、やっと、いまの姿になったのよね…。

長田の駅前にあった震災復興のシンボル、鉄人28号のモニュメントは、2009年(震災から約15年)に完成なんですね。震災後に街おこしの一環でやってきたという沖縄物産専門店は、2004年(震災から約10年)に開店。


Robot Watch-ニュース--15mの「鉄人28号」モニュメントが神戸市・長田区に完成

西北の駅前にできた高層マンションも、ショッピングモールも、百貨店もぜんぶ、長いさら地のままの期間をへて、立ち並んだのはまだここ数年。

避難所生活から仮設住宅へうつって、再開発されてやっと、人が街にもどってくる。
いろんな理由で、もといた場所にもどってこれない人もいる。

そこからの、長い長い道のり。

そんなことを、暗闇の中にそびえ立つ鉄人28号をみながら、思ってました。

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復興って、なんだろう?って、思う。

ライフラインが整ったら、とりあえずOK?
道路が整備されて、交通機関がもとにもどって、ハコができて、おしまい?

被災した人たちの、こころのケアは?


いま、メディアはそろって震災や津波災害のことを報じてる。できるだけ、ドラマティックに。
繰り返し繰り返し流れつづける、衝撃的な映像。
それをみて、国内外問わず、たくさんの人が涙を流して、なにか自分にできないかと思ってる。

でも、あと2ヶ月後、1年後、10年後、どれくらいの人が、関心を持ち続けてるんだろう?

少なくとも16年前は、震災から2ヵ月後には、TVや新聞から震災の話題はほとんどといっていいくらい、なくなってた。(サリン事件があったことも、すごく大きいのはわかるけど。)


今回の震災や津波災害に対して、長い目でみてわたしにできることって、なんだろう?

16年前の震災当時も、わたしは被災した当事者じゃない。
でも、被災した人や街を、震災前から近しい立場や通いなれた場所として、直接見聞きして感じたことはたくさんある。


気持ちに寄りそう。

それくらいしか、できないのかもしれない。
でも、それをとても必要とする人がたくさんでてくることも、たしかなんだと思う。


復興って、むずかしい。

きっと、理屈だけじゃすまない、どうしようもない感情が、いっぱいでてくるから。
それをていねいにすくいあげて、ひとつひとつ、ひもといていく作業。

そういうことに、わたし自身、少しでも役に立てることがあるとしたら。

そんなことを、ばくぜんと考えている、今日このごろ。

西北の駅、数年ぶりに、こんど降りてみようかな。